第40回 2024年 植民地主義、ホロコースト、想起の文化―いま「負の歴史」にいかに向き合うか― 

第40回 日本ドイツ学会大会

開催概要

  • 開催日:2024年6月30日(日)  10:00-17:00  
  • 会 場:明治大学駿河台キャンパス リバティタワー
  • 開催形式:対面(シンポジウムのみ会員限定でハイブリッド配信)

フォーラム

10:00-12:00 (フォーラム1・2は同時平行で開催されます)

フォーラム1 生活と仕事を支える仕組みをドイツはどうつくっているか

このフォーラムでは、社会国家ドイツの現在の基盤となっている社会保障制度と職業教育制度の新しい展開を検討することを通じて、生活と仕事を支える仕組みをドイツがどのような形で形成しようとしているかを三報告から考える。

 2000年代のハルツ改革の中心であった求職者基礎保障制度(ハルツⅣ) は、2023年に市民手当という形に改革されたが、それはどのような形で人々の生活を下支えしているのか。その中には職業教育・継続教育の実施が組み込まれていたが、それはいかなる形で人々のスキルを上げ、仕事と生活につなげていったのか。2010年代半ば以降、より本格的に継続職業訓練に乗り出した政府は、どのような形で仕事における人々の能力向上をはかってきているのか。  生活保護とリスキリングが全く別の文脈で、異なる政策として語られている日本に対し、ドイツでは生活保障と能力向上を組み合わせつつ、生活と仕事を支える仕組みをつくりだそうとしていることを見ていく。     

1)ドイツにおける生活保障制度改革―「市民手当(BÜRGERGELD)」― 布川日佐史(法政大学大原社会問題研究所)

「ハルツⅣ」と呼ばれてきた求職者基礎保障(社会法典Ⅱ)が、2023年1月の制度改革で「市民手当(Bürgergeld)」という名称になり、義務を果たさない受給者を制裁(給付削減)する方向から、受給者を信頼して自発性にもとづく適切な支援を拡充する方向へと転換した。しかし巻き返しにあい、本年1月には厳しい制裁規定が付け加えられた。本報告はこうした改革の背景を整理し、到達点を検討する。

2)ドイツの生活保障制度にみる<生活と教育>の支援 田中洋子(法政大学)

ドイツの基礎保障制度、現在の市民手当は、単に失業者に対して職を紹介するだけではなく、さまざまな条件・環境に置かれた人々の最低限の生活を保障する制度として機能してきた。その中でも特に注目されるのが、日本でも近年政府がうちだした「リスキリング」に相当する職業教育・継続教育であり、これが生活保障制度の中に組み込まれている点である。本報告ではドイツでのインタビューにもとづき、その実態を明らかにする。

3)ドイツにおける継続職業訓練政策の展開 大重光太郎(獨協大学)

2010年代半ば以降、ドイツでも生涯にわたる継続職業訓練の取り組みが重視されるようになった。その背景には何があったか、どのような取り組みがなされてきたか、こうした取り組みはどのように評価しうるのか。報告では全体の政策方向性を「インダストリー4.0」、「労働4.0」、「国家継続訓練戦略」を取り上げて確認した上で、失業者に対する訓練政策、個人による自発的訓練支援政策、企業による訓練支援の3領域における取り組みの特徴を明らかにする。

フォーラム2  個人研究報告フォーラム 司会:川﨑聡史(獨協大学)

  

1)旧東ドイツの日常生活の記憶についての人類学的考察―世代間の相互作用に注目して 中野春子(京都大学・大学院)コメント:河合信晴(広島大学)

本研究は現在のドイツにおいて、旧東ドイツの日常生活の記憶がいかに現れているかを探求する。オスタルギーの流行以来、従来の研究は観光文化に重点を置き、地域住民の間での日常的な交流を通した記憶の伝達は見落とされていた。一方で本研究はトラバントなどを家族で愛用する地域住民に対して参与観察を行い、彼らの世代を超えた主体的な関わりを通して、東ドイツの物と記憶が現在の文脈から肯定的に再評価されていることを示した。

2)ナチ・ドイツにおける魚をめぐる動物保護法とその背景 田平廉太朗(福岡大学・大学院)コメント:小野寺拓也(東京外国語大学)

動物保護の歴史的文脈において、1933年制定のいわゆる「ライヒ動物保護法」が、人間中心の動物保護から、動物そのものの保護への転換点だとする見方がある。1936年には、魚の屠殺方法に関する命令が公布され、それまで動物保護の対象とされなかった魚さえもが保護の対象となる。しかしこれには、魚の保護をも利用し人種迫害を正当化する、ナチスの政綱上の手立てがうかがえる。本発表では、ウナギやカレイに対する屠殺方法の特例に、その動物保護の論理の綻びを見る。

シンポジウム

植民地主義、ホロコースト、想起の文化 ―いま「負の歴史」にいかに向き合うか―

  • 開催時刻:13:30-17:00
  • 司会:板橋拓己(東京大学)・速水淑子(東京大学)
  • コメント:北岡志織(大阪大学)・田中直(立命館大学)

<企画趣旨>

周知のように、ホロコーストはドイツの「過去の克服」や「想起の文化」のなかで中心的な位置を占めてきた。しかし近年、この「想起の文化」は挑戦に晒されている。これまでのドイツの「想起の文化」は、ホロコーストについては徹底して批判的だったものの、植民地主義の過去は忘却してきたのでないか。ホロコーストの「比較不可能性」にこだわるあまり、植民地主義との比較を否定するにとどまらず、現在のイスラエルの政策に対する批判までも「反ユダヤ主義」として封殺しているのではないか、と。かかる議論は「歴史家論争2.0」と呼ばれるものにまで発展している。

 本シンポジウムでは、こうした現状をふまえつつ、現代ドイツにおける「負」の過去に対する向き合い方について、改めて考えてみたい。その際、この植民地主義とホロコーストをめぐる論争が、歴史学の問題にとどまるものでもなければ、ドイツ一国の問題にとどまるものでもないことに留意し、分野横断的で、ドイツにとどまらない国際的な視座からの多面的な検討を試みたい。

板橋拓己(東京大学)
1.「歴史家論争2.0」の成立条件としてのポストコロニアル・ドイツ 浅田進史(駒澤大学)

「歴史家論争2.0」の前提となる議論の枠組みは、1986・87年の歴史家論争のそれから大きく変化した。その要因の一つとして、2001年の国連ダーバン会議、そしてヘレロ=ナマに対する植民地戦争の勃発から100年にあたる2004年以降、「ポストコロニアル」を掲げる社会運動がドイツ各地に広がったことが挙げられる。本報告では、ドイツ植民地主義の痕跡を残す道路名の改称運動と州レベルでの植民地来歴をもつ遺骨・文化財返還の取り組みを事例に、この問題に接近したい。

2.「緊張領域」としてのポストコロニアル文学 副島美由紀(小樽商科大学)

1990年代以降、植民地関係の記憶はようやく社会的に正当な話題としての地位を獲得した。それは批判的検証の対象であると同時に懐古の対象ともなり、この記憶空間は、ネオコロニアルや疑似コロニアルといった様々な名称で呼び得る願望が混在する「緊張領域」と呼ばれている。文学の領域にも表れたこの「緊張」が植民地主義を省察するナラティヴにどのような方向性を与えているのか、「歴史家論争2.0」との関係において考察してみたい。

3.ミュージアムにおける負の記憶と脱植民地化 村田麻里子(関西大学)

この発表は、ドイツにおけるホロコーストの想起の文化が、植民地主義の忘却を加速させてきたのではないかという問いかけに対して、ミュージアム研究の視点から検討・応答することを目的とする。とりわけ欧州のミュージアムの脱植民地化の取り組みを俯瞰することで、ドイツの位置を逆照射することを目指す。その中で、ホロコースト関連の文化施設の特徴や、ドイツのミュージアムにおける脱植民地化の具体例についてもみていきたい。