2022年度日本ドイツ学会奨励賞 森 宜人 氏『失業を埋めもどす』

2022年度日本ドイツ学会奨励賞

受賞作

2022年度日本ドイツ学会奨励賞は、学会奨励賞選考委員会による慎重な選考を経て、森 宜人 氏(一橋大学 経済学研究科 教授)『失業を埋めもどす ドイツ社会都市・社会国家の模索』 (名古屋大学出版会)に決定されました。2023年6月18日、早稲田大学において開催された日本ドイツ学会大会での授賞式において奨励賞選考委員会の西山暁義委員長から選考経過と受賞理由の発表があり、森氏に賞状と副賞が授与されました。

選考理由

学会奨励賞選考委員会の西山です。本年度の選考委員会は昨年度同様、あいうえお順に、石田圭子幹事、板橋拓己理事、坂野慎二幹事、渋谷哲也幹事、三成美保幹事、弓削尚子理事、事務局を務める村上宏昭幹事と私西山の8名によって構成されており、不肖私が委員長を務めさせていただいております。
さて、今回、2022年度の日本ドイツ学会奨励賞は、森宜人さんの 『失業を埋めもどす ドイツ社会都市・社会国家の模索』名古屋大学出版会 に授与されることとなりました。以下、審査の経緯について、簡単にご報告申し上げます。

今回の学会奨励賞は、前回が例外的に対象期間を2年としたのに対し、通常通り2022年1月から12月の間に刊行された作品を対象とすることになりました。今回は4作品が推薦され、分野もそれぞれ異なることから、段階審査は設けず、直接全作品をそのまま全委員による査読の対象といたしました。

従来と同様、選考会議に先立って、各選考委員がそれぞれの作品に所見とともに10点満点で評点を付けたものを、事務局の村上さんの方で集計し、平均点を算出していただきました。それをもとに5月14日、オンラインによる選考会議を実施いたしました。そこにおいて、当日欠席した委員の所見も参照しつつ議論を行い、森さんの作品を奨励賞作品として暫定的に選出し、欠席の委員への周知と再考期間を設けたのち、異議はなかったため確定とし、事務局の村上さんより森さんに受賞の連絡をいたしました。以上の経緯は、先週6月11日の理事幹事会においても、村上さんから報告され、承認を得ております。

次に授賞理由についてご報告いたします。  森さんの作品は、タイトルにもあるように、失業という社会リスクがどのように歴史的に認識され、誰がどのようにそれを救済、予防すべく対応してきたのか、そしてこの問題が政治にどのような影響を与えたのか、ということを、このテーマにおける代表例ともいえるドイツの「長い20世紀」のなかで、その草創期ともいえる、世紀転換期から第一次世界大戦をはさみ、ワイマール共和国末期にいたる時期について論じられています。そこでとくに力点が置かれているのは、都市の役割であり、ハンブルクの事例などを中心に、ドイツの社会政策が「社会国家」のトップダウンとしてではなく、都市をはじめ非営利団体、専門家など、さまざまなアクターのイニシアチヴとその関係性のなかで織りなされるものであることを立体的に描き出されています。

本年2023年は、オイルショック50周年、ハイパーインフレ100周年、1873年恐慌150周年となります。これは偶然の符合に過ぎませんが、経済と社会、日常生活の関係性について、あらためて考える契機ともいえるでしょう。また、森さんが第3章で扱われたアフター・コレラのハンブルクにおける失業対策の模索などは、中央集権的といわれてきた日本における昨今の都道府県のコロナ対策でのイニシアチヴを否が応でも想起させ、社会政策の多元性について再考を促すものといえるでしょう。

選考会議においては、こうした現代の社会問題を考えるうえでもきわめてアクチュアルであり、また個人のアイデンティティにも大きな影響を与える「失業」という問題を、未公刊、公刊史料を駆使して重厚かつ堅牢に論じられた点が高く評価されました。また、ジェンダーなどの観点にも目配りがなされている点についても、学際的価値の高さが指摘されました。他方、カール・ポランニーに依拠する「埋めもどす」、「再埋めもどし」という本作品のキー概念について、門外漢にはやや分かりにくいという声もありましたが、授賞にふさわしい本作品の価値については、全委員の見解は一致しておりました。

最後に、受賞された森さんに心からのお祝いと今後のご研究の益々の発展をお祈り申し上げ、報告を終えたいと思います。森さん、まことにおめでとうございます。

森 宜人 氏の受賞あいさつ

ただいまご紹介にあずかりました一橋大学の森と申します。このたびは、拙著『失業を埋めもどす―ドイツ社会都市・社会国家の模索―』(名古屋大学出版会、2022年)を日本ドイツ学会奨励賞に選出していただき誠にありがとうございます。ドイツ史家にとって無類の栄誉であり、拙著を推薦していただいた方々、西山委員長をはじめとする選考委員の先生方、そしてこれまでの研究生活を支えてくださったすべての方々に心より御礼申し上げます。

拙著は、19世紀末の失業の「発見」から両大戦間期の「再・埋め込み」へといたるプロセスを、ハンブルクを主たる事例として都市史の視角から描いたものです。失業の「発見」とは、失業が個人の自助努力ではなく社会全体で対処すべき問題であると認識されることを指します。「再・埋め込み」とは、K・ポランニーの「大転換」論でいう「脱・埋め込み」によって自律性を獲得し、社会から離床した労働市場とそれに付随する失業問題を、失業保険や、失業扶助、職業紹介、雇用創出をはじめとする一連の救済制度を通じて再び社会のなかに埋め込みなおそうとする試みとして定義しました。

タイトルの「埋めもどす」は、ポランニーの「大転換」論からヒントを得たものであり、失業を狭義の労働市場の問題としてではなく、市場経済を一構成要素として内包する社会全体の関係性のなかで捉えるべくつとめました。あらためて顧みますと、こうした着想にいたった源は、やはり一橋の学風に求められると思います。一橋の西洋史研究においては、ある特定の地域の実証分析を通じて、経済のみならず社会全体を綜合的に捉えようとする「文化史としての社会経済史」が志向され、「ヨーロッパとは何か」、「近代と何か」という根源的な―ある意味「しろうと」的な―問題意識より、市場経済の基礎をなす市民社会の歴史的意義が問われ続けてきました。なかでも私が影響を受けたのは戦後歴史学の旗手として知られる増田四郎先生の「市民的公共意識」論であり、学部学生時代に読んだ増田先生の『西欧市民意識の形成』(春秋社、1949年)が都市史研究を志す直接的なきっかけとなりました。

西山委員長より、「ドイツ研究として学際的な交流を推進するという学会の趣旨から」拙著が奨励賞の対象に選ばれたと伺いました。私の専門とする都市史は何よりも学際性を重視する領域であり、この点を評価いただけたことは感謝に堪えません。また、「文化史としての社会経済史」を標榜してきた一橋の西洋史研究の伝統の再評価にもつながりますので、学統の末席に連なる身として喜ばしいかぎりです。

ドイツ史に限らず、ヨーロッパ史研究の世界では長年、いわゆる人文科学系の西洋史学と社会経済史学の潮流の間である種のすみわけ的な状態がみられてきましたが、これを機に社会経済史研究の魅力と、奥行きの深さが広く認識してもらえることを願ってやみません。そして、何よりも私自身がこれからも多方面の関心を惹きつけられるような研究に取り組んでいく必要があります。今回の奨励賞はそのためになおいっそう刻苦勉励せよとの勧奨として身の引き締まる思いで受け止め、謹んで拝受したいと思います。 本日はありがとうございました。