第23回 2007年 ジェンダーで読むドイツ

第23回 日本ドイツ学会大会

開催概要

  • 開催日:2007年6月23日(土)
  • 会 場:明治大学 駿河台校舎

フォーラム

1.19世紀ドイツの教養と音楽 宮本直美(立命館大学文学部)
司会:村山 聡 (香川大学教育学部)

本報告は従来の教養市民層研究に基づきつつ、19世紀のドイツにおいて注目された教養理念とそれをめぐる音楽活動に注目し、ドイツの市民たちが教養理念にもとづいて様々な活動を展開した過程の中に、音楽がどのように神聖視されるようになったかを読み取り、同時にいかにして教養が神聖視されるようになったかを解明しようとするものである。音楽史的にはすでによく知られている諸現象、たとえばバッハ復興運動やコンサートにおける鑑賞作法の成立、過去の音楽を演奏する慣習、絶対音楽の理念、天才観などの事例を新しい観点から解釈し、行動の次元でも言説の次元でも音楽が「語りえないもの」として位置づけられる経緯を見出すとともに、そこに理念としての音楽と教養との同型性を確認する。     

2.ヴィルヘルム時代の女給問題 ―カミーラ・イェリネックの女給運動を例に― 水戸部由枝(明治大学政治経済学部)
司会:木畑和子(成城大学文芸学部)

世紀転換期は、女給労働が売買春に関連した形で問題化された時代である。逮捕された娼婦の多くが過去に女給であったことが明らかになると、女給は一方で売春から守られるべき女性、他方で性病を蔓延させ、社会秩序を脅かす娼婦に最も近い女性として見られるようになった。そんな中女性運動家C.イェリネックは、問題の核心が劣悪な労働条件にあること、すなわち長時間労働、チップによる収入、お客・店主・職業斡旋業者からの搾取が、道徳・礼儀の欠如、売春、肺結核・性病等の病気を引き起こすことになると指摘した。そして女給たちの労働・生活環境、道徳観を改善するため、彼女は女給運動を組織し、お酒を扱う飲食店・居酒屋における女給労働の法的禁止を呼びかけたのである。本報告では、①当時の女給労働の実態、②女給労働が社会問題化して女給運動が展開される過程を明らかにすると共に、③女給労働を巡る議論からどのような女給像が新たに作り出されるのかについて考察したい。
   

3.ジェンダー政策の成果と課題 EUとの関連から  柚木理子(川村学園女子大学人間文化学部)
司会:村上公子(早稲田大学人間科学部)

EUレベルにおいてジェンダーの主流化(「Gender Mainstreaming」)が進められて久しいが、ドイツのジェンダー政策はEUのジェンダー政策に牽引される形で進められてきた。本フォーラムでは、ドイツにおいていかにして「ジェンダーの主流化」にたどり着き、それがどのように反映されているのか、これまでの成果と現代どのような問題が生じているのかをEUとの関連から検討する。ドイツにおいては、一定の「女性政策」の実績があるなかで、若干の混乱と反発を生じさせながらもジェンダー政策がいかに展開されてきたのか、また、EUにおいてネオリベラリズム的な傾向が強まる中で、アムステルダム条約(1997年)をピークとしてジェンダー政策が後退しているとの指摘もなされ、ドイツにおいても「負の側面」も生じている。本フォーラムにおいて、昨今のドイツ並びにEUのジェンダー政策の課題を考察していきたい。

シンポジウム

ジェンダーで読むドイツ

  • 開催時刻:13時45分-17時45分
  • 司会:姫岡とし子(筑波大学大学院)・平島健司(東京大学社会科学研究所)
  • コメンテーター:大貫敦子(学習院大学文学部)・本澤巳代子(筑波大学大学院)
1.啓蒙期におけるジェンダーの構築 弓削尚子(早稲田大学法学部)

ジェンダーの視点からドイツの歴史を概観すると、18世紀後半は、近代におけるジェンダー秩序の萌芽期として重要な位置を占めている。“身分”に代わる社会の秩序化の基盤として性差が注目され、「科学的」性差言説が登場し、性の二元化、性別役割分業を正当化する土台が築き上げられていったからである。本報告では、この時期に衰退をみた宮廷社会のカストラートに着目することで、近代におけるジェンダーの構築を、とくに市民性との観点からあぶりだしたい。すでに指摘されているように、宮廷社会は、結婚のあり方、夫婦・親子関係など、近代における市民道徳と対置され、言い換えれば、ドイツの市民性とは、宮廷社会をアンチタイプとして生み出された。したがって、「自然の性」、「近代の男性性」に還元されないカストラートとは、その衰退の過程に、市民的価値観の勝利、ドイツ的男性性の勝利を分析することが可能である。権力との関係性も含め、ジェンダー秩序の相対化の試みとして考察したい。

2.<ピアノを弾く女性>イメージの成立 玉川裕子(桐朋女子高等学校音楽科)

ピアノを弾く男性は数多く存在する。にもかかわらず、「ピアノを弾く男性」といった括りで特定のイメージが表象されることはあまりない。それに対して「ピアノを弾く女性」は、日独を問わず、絵画や小説、テレビドラマや漫画、広告など日常メディアのいたるところで今日なお、市民的生活様式をあらわすステレオタイプとして流通している。今回はドイツ語圏におけるこのイメージの形成過程を追ってみたい。18世紀末より、ピアノ(と歌)の素養を市民階級の女性の必須科目としながら、限度を越えた演奏能力を身につけることを戒める言説がなされていく。現実には、すぐれた技量をもった市民階級の女性が数多く存在し、アマチュア音楽家として、地域の音楽文化を豊かにすることに貢献していた。他方で、「女性向け」をうたい、感傷的なタイトルをもち(たとえば《乙女の祈り》)、演奏の難易度が初級から中級程度のピアノ曲が量産されていくようになる。本報告では18世紀末から19世紀半ばくらいまでのピアノと女性をめぐるいくつかのトピックをとりあげ、市民的音楽文化にジェンダー規範がいかに構造化されていったかを考えてみたい。

3.近代教育をジェンダーから再考する 小玉亮子(横浜市立大学国際総合科学部)

現在日本では保母という言葉は姿を消しつつあり、公式には保母ではなく保育士という言葉が使われるようになっている。とはいえ、男性の保育士が増加しているものの、実際には保育士の圧倒的多数は女性である。これに対してドイツでは、現在でも保育施設に従事する保育者をErzieherinと呼んでいる。そして、保育施設の保育者をさす言葉として、Erzieherを使わないのは、それが圧倒的に女性たちによって担われている職であるから、という公式説明がなされている。こういった用語の背景には、19世紀において作られた新しい職業である保育者という職業がそもそもジェンダー規範に基づいて形成されたことと無関係ではないだろう。そしてそれは、近代家族の成立と強く結びついた近代教育それ自体のあり方を象徴的に示すものであるといえるのではないだろうか。ドイツの近代教育におけるジェンダーを、近代家族規範との関係で再読することを本報告の課題としたい。

4.1970年代のドイツ連邦共和国における家族変動と男性 川越 修(同志社大学経済学部)

本報告は、ジェンダー研究における空白領域に近いと思われる<家族のなかの男性>というテーマに焦点をあてることにより、20世紀後半のドイツ社会の特質を<読み解く>ことを課題とする。 報告では、以下の四点に即して検討を進めていく予定である。

 1. 1960/70年代のBRDにおける家族変動の諸相(婚姻関係・家族規模・女性就業など)。
 2. 家族変動と男性の意識変化(1976年と1984年の男性意識調査を手がかりとする)。
 3. 1970年代におけるBRD政府の家族政策の動向と問題点(1975年および79年に出された『家族報告書』を検討対象とする)。
 4. 同時代のDDRおよびフランスにおける家族変動と家族政策の展開をめぐる最近の研究成果との対比。